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福井事件:再審請求決定を目前にして  :弁護団報告(改訂版)

福井女子中学生殺人事件

再審請求審で明らかになった事件の要点

・・・・再審決定を前にして

平成23年9月5日

福井女子中学生殺人事件再審弁護団

9月下旬にも再審決定か

福井女子中学生殺人事件は,名古屋高裁金沢支部に対する平成16年7月15日の再審請求から7年を経て,本年3月31日までに弁護,検察の双方が最終意見書を提出して審理を終結した。

8月30日に,決定当日の手続に関する事務打合せが開かれたことから,9月下旬にも,裁判所の判断が示されるものと思われる。

そこで,当サイトに弁護側の最終意見書(仮名・一部省略版)を掲載するに当たり,再審請求審で明らかになった事実を中心に,その要点を説明したい。

なお,本件に登場する「関係者」とその供述内容等については,末尾添付の別紙「関係者一覧」を,また,法医学的所見に照らした関係者供述の問題点の詳細については,同じく別紙「4つの法医学所見と関係者供述の信用性」を参照されたい。

第1 殺人事件の発生と捜査の概要

昭和61年3月19日午後9時30分頃,福井市営団地の一室で,母親の留守中に,自分の卒業式を終えたばかりの女子中学生が惨殺された。

捜査本部は,当初,非行グループによるリンチ殺人等の怨恨犯を想定し,事件直前の時間帯に友達が遊びに来る予定があったとの有力情報をつかんだものの,その友達が誰かは未解明に終わり,予想に反して捜査は難航,長期化した。同年9月20日付地元紙には,「解決楽観,捜査に緩み。指示不徹底,連携も欠く」という批判記事が掲載される事態になった。

その当時,捜査本部の置かれた福井警察署に,暴力団組員A男が別件の窃盗・覚醒剤事犯で勾留されていた。A男は,面会に来た知人に,「犯人を知らないか。犯人が分かると自分の刑が軽くなるかも知れない」と尋ね,同棲中の女性に対しても,「俺の情報で前川が逮捕できれば,減刑して貰える」という手紙を出したうえ,同年10月頃から,「事件の翌朝,前川が血だらけの姿で訪ねてきた」という供述を始めた。

請求人前川彰司氏(昭和40年5月14日生)は,事件から1年後の昭和62年3月29日に逮捕された。A男と,その供述を契機に取調を受けた知人のうち数名(以下,「関係者」とも呼ぶ)の「事件後の時間帯に血だらけの前川氏を見た」という供述と,前川氏を運んだとされる乗用車スカイラインのダッシュボード下のスピーカーカバーから被害者と同じO型血痕が発見されたことが根拠とされた。

これに対し,前川氏は一貫して無実を訴え,また,逮捕の決め手とされたO型血痕もその後の捜査で第三者のものであることが判明した。

しかし,検察官は,物証を毛髪鑑定に差し替えただけで,同年7月13日,前川氏を起訴した。

第2 裁判の経過・・・第一審無罪判決,控訴審の逆転有罪判決と確定

第一審福井地裁は,平成2年9月26日,無罪判決を言い渡した。理由は,①自白がないこと,②毛髪鑑定は本来個人識別に用いることができず,前川氏の犯行を裏付けるべき物証はないこと,③前川氏と被害者の間に接点がないこと,④関係者のほとんどが暴力団員,的屋(てきや),薬物常用者,他事件の容疑者,非行少年など,捜査側に弱みを持つ者であること,⑤関係者の目撃供述に,変遷,食違い,矛盾があること等である。

しかし,控訴審名古屋高裁金沢支部は,平成7年2月9日,関係者の目撃供述だけを根拠に,逆転有罪判決を言い渡し,その後最高裁が上告棄却決定をして懲役7年の有罪判決が確定し,前川氏は服役を余儀なくされた。

第3 再審請求審における証拠開示勧告を介した検察官手持ち証拠の提出

本件再審の特徴は,裁判所の文書による証拠開示勧告が契機となって,①関係者の捜査段階の未開示供述調書29通,②スカイラインの車内から発見された第三者のO型血痕に関する捜査報告や鑑定書等の一連の証拠書類,③解剖写真やコタツカバー等の物証等の,公判段階では開示されなかった検察官手持ち証拠が,多数提出されたことにある。

その結果,有罪判決の唯一の支えである関係者の供述の信用性に重大な疑問が生じることになった(特徴①)。

また,新たに提出された解剖写真やビニール製コタツカバーも含めた鑑定資料に基づく法医鑑定の結果,関係者の供述は信用性に重大な疑問があり,関係者供述は破綻していることが明らかになった(特徴②)。

第4 再審請求審の特徴①・・・関係者の未開示供述調書29通,第三者のO型血痕に関する捜査報告書等の開示

関係者の捜査段階の未開示供述調書29通と,第三者のO型血痕に関する捜査報告書等が提出されたことにより,関係者の関与供述の形成過程に重大な疑問が生じた。

(1) 有罪判決を支える旧証拠構造の薄弱性(脆弱性)

確定有罪判決を支えるA男の供述は,「事件当夜は,B男が血だらけの前川を連れて来たので,N男を迎えにやった。その後,前川,B男,N男をH子の部屋に連れて行った。H子,G男も見ている」という内容である。

しかし,公判段階で,A男の上記供述は,昭和61年11月25日ないし昭和62年4月18日の5ヶ月をかけて,三期にわたる変遷を経て形成されたものであることが判明した。

[A男供述の変遷]

(第一期)「事件当夜は,前川は来ていない」

(第二期)「事件当夜は,L男が前川を連れて来た。B男ではない」

(第三期)「事件当夜は,B男が前川を連れて来たので,N男を迎えにやった。第二期ではB男の名前を出せないので,L男と供述した」

しかも,A男の関与供述は,減刑等の不純な動機に基づくものであるうえ(前記第1参照),自ら「L男が無関係であることは分かっていたが,匿っただけでは大した罪にならないと考えて,俺の供述に合わせてくれると思って名前を出した」と認めているのであるから,A男は,L男の場合と同じく,他の関係者についても,「供述を合わせてくれると思って名前を出した」疑いがある。

他方,他の関係者の供述は,いずれも,取調当初は,関与を否定したり,不明確な供述に終始しているうえ,第一審判決が指摘するとおり不可解な特徴を示している(前記第2参照)。

控訴審判決は,関係者の供述には,「原判決の指摘するように変遷,関係者間の供述の食い違い,ないし矛盾点が存する」と認めながら,最終段階の第三期供述が「大要で一致している」ことを唯一の理由として信用性を肯定した。

しかし,再審段階で,以下の新証拠が提出されたことにより,これらの関係者の供述は信用性に重大な疑問があることが明らかになった。

 (2) H子とG男の未開示供述調書による,「架空ストーリーにおける供述の一致性」,「供述変遷の一致性」の解明

ア 新たに提出されたH子とG男の未開示供述調書は,H子とG男の供述も,A男の供述と瓜二つの変遷経過を示していることを明らかにした。

[H子供述の変遷]

(第二期)「L男が一緒に来た。N男ではない」

(第三期)「N男が一緒に来た。第二期ではN男の名前を出せないので,L男と供述した」

[G男供述の変遷]

(第二期)「L男が一緒にいた。B男ではない」

(第三期)「B男が一緒にいた。第二期ではB男の名前を出せないので,L男と供述した」

つまり,「L男が前川氏と一緒に行動した」という,捜査側が捨て去った架空のストーリー(第二期供述)についてさえ,関係者の供述は,「大要で一致している」のである。

イ このように,A男の供述の変遷を受けて,他の関係者の供述も変遷するという関係は,公判段階で提出されたB男供述についても認められる。

[A男供述の変遷]

(第三期①)「前川が1人で来た。B男は先に帰宅したので,来ていない」

(第三期②)「B男が前川を連れて来た」

[B男供述の変遷]

(第三期①)「前川が1人で行った。B男は先に帰宅したので,行っていない」

(第三期②)「B男が前川を連れて行った」

ウ 以上のとおり,本件では,事件当夜の行動という“事案の核心に関する供述内容”において,捜査側が捨て去った,「L男が前川氏と一緒に行動した」(ァ),また,「前川が1人で来た。B男は先に帰宅したので,来ていない」(ィ)という架空のストーリーについてさえ,関係者の供述が大要で一致しているのである。そのことは,関係者の供述が「大要で一致している」という有罪判決の掲げる論拠は,本件における関係者の供述の信用性を肯定する根拠になりえないことを示している。

本件における関係者の供述の特徴は,「供述が大要で一致していること」(供述の一致性)にあるのではなく,A男の供述の変遷を受けて,他の関係者の供述の核心部分が図ったかのように一斉に変更され,架空の事実や,変遷の経過及び理由を含めて,供述内容の大要が一致していること,つまり,「供述の大要が一致して変遷していること」(供述変遷の一致性)にある。それは,取調において,捜査官が,他の関係者の供述を,A男供述のストーリーに基づいて大要で一致するよう示唆・誘導した結果であると考えざるを得ない。

このように,新たにH子とG男の未開示供述調書が提出されたことによって,確定有罪判決を支える唯一の根拠である,「関係者の第三期供述は,大要で一致しているから信用できる」という論拠は崩壊した。

(3) O型血痕関係捜査報告書等,K男,L男,Q男,R男の未開示供述調書による「第三期供述の虚構性」の解明

 有罪判決を支える関係者の第三期供述は,「事件当夜,B男が前川を乗用車スカイラインに乗せて来た」,「A男は喫茶店で一緒にゲームをしていたN男を迎えにやった」,「A男は,前川,B男,N男を連れてH子の部屋に行き,匿うよう頼んで,先にB男と帰宅した」,「その後,A男は,再び,G男を連れてH子の部屋に行って前川と会った」という内容である。

つまり,第三期供述の特徴は,「B男が前川をスカイラインに乗せて連れて来た」,「A男は一緒にゲームをしていたN男を迎えにやった」,「A男はB男と一緒に帰宅した」というストーリーがはじめて登場するところにある。

しかし,新たに提出された以下の検察官手持証拠は,スカイラインが使用された事実,及び,B男とN男が関与した事実の双方に重大な疑問を生じさせた。

ア K男の未開示供述調書と「スカイライン使用」に対する疑問

事件当夜に前川氏がスカイラインに乗って来たという事実を支える証拠は,①「B男が事件当夜にスカイラインを持主のK男から借りた」というB男の供述,②「A男が事件の翌日にK男宅付近の路上に返しておいた」というA男の供述,及び,③それを裏付けるK男の供述である。

しかし,①の借用の事実については,わずか人口20万人足らずでタクシーの捜査が容易な福井市において,B男がK男宅にスカイラインを借りに行くときに乗ったとされるタクシーに限って裏付が取れない点で疑問があるし,②の返還の事実については,A男に同行したとされるG男が一貫して否定していた。

そして,新たに提出されたスカイラインの持主であるK男の未開示供述調書は,残る③のK男の供述には,重要な点で著しい変遷があり,K男は,本来,記憶がないにもかかわらず,捜査側の誘導で,「事件当夜,B男にスカイラインを貸した」と証言したに過ぎないことを明らかにした。

すなわち,本件に乗用車スカイラインが使用されたことを裏付ける関係者の供述には,いずれも疑問があることが判明した(なお,スカイラインの使用に対する疑問については,さらに後記第5の(4)も参照)。

イ O型血痕関係捜査報告書等と「B男関与」に対する疑問

 また,新たに提出されたスカイラインのダッシュボード下のスピーカーカバーから発見された第三者のO型血痕に関する,未開示の捜査報告書や,血液型に関する詳細鑑定書等の一連の証拠書類は,捜査本部がこのO型血痕の証拠評価について重大な誤解を犯し,それが関係者の取調における誤った誘導を招いたことを明らかにした。

すなわち,上記証拠書類によれば,捜査本部は,スカイラインのO型血痕が被害者のものであり,被害者の返り血を付けた前川氏が同車に付着させたものであると誤解した結果,前川氏の同行者は,「L男」ではなく,このスカイラインを借りたことのある「B男」に違いないと速断して,第三期の「B男同行ストーリー」へと捜査方針を大転換し,関係者から「B男同行供述」を得たうえ前川氏を逮捕した。ところが,「B男同行ストーリー」に基づく関係者の取調が完了した後,詳細鑑定によって,このO型血痕は,事件の1年以上前に付着した第三者の血痕であることが判明したのである。

 「B男同行ストーリー」への捜査方針の転換は,O型血痕に関する捜査本部の誤解が原因となったのであり,かつ,関係者の取調において強引な誘導が行われたことは(2)の検討からも明らかである。

つまり,関係者の「B男同行供述」はこの誤解に基づく誘導によって獲得されたものであり,後日,O型血痕が第三者のものであることが判明した時点では,関係者の取調が完了していて,後戻りできなくなったため,検察官は,急遽,物証を毛髪鑑定に差し替えて起訴に踏み切ったものと考えられる。

したがって,関係者の「B男同行供述」には重大な疑問が生じざるを得ない。

ウ L男,Q男,R男未開示供述調書と「B男・N男関与」に対する疑問

 B男は,取調当時,保護観察付執行猶予中であり,捜査側に関与供述を始める前に,1ヶ月もの間,本件への関与を否定し,その後,関係する現場を案内された後にはじめて関与供述を始めたものであるうえ,事件当夜の行動という“事案の核心に関する供述内容”において,A男の供述の変遷を後追いして変遷している(前記第4の(2)のイ参照)。 

他方,N男も,取調当時,暴力団に属し覚醒剤を常用しており,取調当初は関与を否定し,現場を案内された後にはじめて関与供述を始め,公判段階で,関与肯定,否定,肯定と証言を三転しているうえ,控訴審で関与肯定証言に転じた当時,捜査対象者となっていたことが再審段階で判明している。

B男,N男とも,捜査官の圧力と誘導が疑われて当然の状況である。

そして,新たに提出されたL男,Q男,R男の未開示供述調書は,「B男が前川を連れて来たので,N男を迎えにやった」という関係者の供述に重大な疑問を生じさせた。

まず,L男は,A男,H子,G男らが,一致して,「L男が前川を連れて来た」と供述したという第二期供述を理由に,犯人蔵匿(はんにんぞうとく)容疑で誤認逮捕され,後に間違いであることが分かって釈放された人物である。

そのL男の未開示供述調書には,捜査官が,B男が1ヶ月後に供述することになる詳細なストーリーを,L男に示して確認している記載が含まれていた。

B男は,その1ヶ月後に,上記ストーリーを供述するに至るのであるから,B男の供述は,捜査側の考えた筋書をなぞったものに過ぎず,捜査官がその筋立てに沿って誘導したことは明らかである。

 また,Q男とR男は,事件の夜,①A男がN男とゲームをしていた場面,②A男がB男と一緒に帰宅する場面の二つの場面で,A男に同行していた人物とされている。

しかし,新たに提出されたQ男とR男の未開示供述調書には,N男やB男の名前が全く出てきておらず,それは,捜査側が,Q男,R男の両名から,「N男やB男が同行していた」という供述を得ることができなかったことを示している。

つまり,「B男が前川に同行し,N男が出迎えに行った」という関係者の供述は,あるべき裏付証拠を欠いているのであり,B男とN男が本件に関与したことを前提とする,関係者の供述に重大な疑問を生じることになった。

エ 有罪判決を支える関係者の「第三期供述」の虚構性

以上のとおり,O型血痕関係捜査報告書等,K男,L男,Q男,R男の未開示供述調書の提出により,「B男同行・N男出迎えストーリー」への捜査方針の転換は根拠がなく,関係者の「B男同行・N男出迎え供述」は,「L男同行供述」と同じく,A男の供述に依拠した架空のストーリーに基づく捜査側の誘導の結果に過ぎないことが明らかになった(なお,N男が最近,関与供述を撤回したと報じられていることは後記第6のとおりである)。

第5 再審請求審の特徴②・・・解剖写真やコタツカバー等の新たな物証を踏まえた法医学鑑定

加えて,新たに提出された解剖写真やビニール製コタツカバーも含めた客観的鑑定資料に基づき,弁護側は押田茂實,内藤道興両博士の法医鑑定書,同意見書を提出し,押田証人の尋問を行った(以下,弁護側鑑定書等という)。

その結果,関係者の供述は,次の4つの点で法医学的所見に矛盾しており,信用性に重大な疑問があること(関係者供述の破綻)が明らかになった。

(1) 犯行態様の矛盾

A男やB男は,前川氏から「シンナーを吸って被害者を誘いに行ったら,断られたので,頭にきて,わけが判らんようになって,やってもうた」等と告白されたと供述している。確定判決は,この供述等を根拠に,「前川は,シンナー乱用による幻覚・妄想状態で,いさかいになって激昂の余り,被害者を殺害した」と認定した。

しかし,弁護側鑑定書等は,本件手口はリンチ等のような深い怨恨に基づく犯行であり,「シンナー乱用による幻覚・妄想状態でいさかいになって激昂の余りわけが判らんようになって犯した犯行」とは考え難いことを示しており,A男やB男の供述は客観的な犯行態様に矛盾していることを明らかにした。

そのうえ,検察側提出の石山昱夫鑑定書も,「わけが判らんようになって,やった犯行とはいえない」,「右頬が刃物でえぐられている」等として,突発的な激情犯行であるという確定有罪判決の認定を否定しており,この点では,弁護,検察双方の鑑定書が,有罪判決の誤りを指摘する結果となった。

(2) 第三の刃物との矛盾

弁護側鑑定書は,被害者の創傷の中に2本の文化包丁の刃幅よりも短い創傷があることを明らかにした。つまり,本件犯行には文化包丁より刃幅の狭い第三の刃物が用いられており,現場に残された文化包丁以外に「刃物」が存在しないことを前提とするB男の供述には重大な疑問があることが明らかになった。

これに対し,検察側提出の石山昱夫鑑定書は,「創傷の長さは,刃幅よりも短くなることはない」という,弁護側鑑定書等が採用した一般原則は承認したうえで,本件には,この一般原則が妥当しない例外事由があると述べた。しかし,その後,石山鑑定人は,弁護側の押田鑑定人の批判を受けて,「例外事由」の内容を大きく変更させたうえ,弁護側の反対尋問に対し,変更後の「例外事由」も全く根拠がないことを事実上認めざるを得なくなった。

(3) 前川氏の着衣への「大型血痕」付着の矛盾

A男,B男らは,前川氏の衣服の胸元に返り血による大型の血痕が付着していたと供述している。

しかし,弁護側鑑定書等は,死体や犯行現場の状況から認められる犯行態様,特に大量の返り血を生じる創がほとんどないこと等からすれば,犯人の着衣に大型の血痕が付着することはなく,同人らの供述には重大な疑問があることを明らかにした。

これに対し,検察側提出の石山昱夫鑑定書は,大量の返り血を生じる創がほとんどないという,弁護側鑑定書等の指摘を認めたうえで,左前頚部の動脈損傷を伴う創一ヶ所だけは,大量の返り血を生じると述べた。しかし,この左前頚部の創は,解剖医によって,創内に出血が少なく死の直前又は死後に成傷された創と判定されており,そこからの噴出はあり得ない。

また,被害者にビニールのコタツカバーをかけたうえで,刃物による刺突が行われているから,コタツカバーによって犯人への血痕付着は避け得たはずであるし,事実,被害者の肩から下の部分やその周囲にも血痕噴出を示す飛沫痕はほとんどないから,犯人への返り血は生じなかったと考えられる。

(4) スカイラインから被害者の血痕が発見されないこととの矛盾

A男,B男,N男は,「前川が血だらけの姿でスカイラインを乗降した」,「事件の翌日,スカイラインのダッシュボードに血痕が付いていた」と供述している。

しかし,弁護側鑑定書等は,実験の結果,A男らの供述するような血痕付着があれば,その後の清掃を考慮しても,ルミノール反応による血痕検出は可能であり,スカイラインから被害者の血痕が全く発見されなかったことは,スカイラインには,同人らの供述するような血痕付着は当初から存在しなかったことを示しており,同人らの供述には重大な疑いがあることを明らかにした。

これに対し,検察側提出の石山昱夫鑑定書は,弁護側の法医学鑑定書等は,「車内清掃や,日照による血痕の変成の影響を考慮しておらず,信用性がない」と述べた。しかし,ダッシュボード下のスピーカーカバーに,事件発生の1年以上前に付着した第三者の血痕(前記第4の(3)のア参照)については反応が出ており,被害者の血痕だけが,日照や清掃によって血痕反応を示さなくなるとは考えられない。また,血痕が目で見えなくなった後も,執拗に拭き取らなければルミノール反応は残るから,車内清掃でルミノール反応が消えることはない。

第6 確定有罪判決の論拠の崩壊と今後の課題

以上のとおり,確定有罪判決を支える関係者の供述は,元来,薄弱(脆弱)であるうえ,再審請求審において,検察官手持ちの多種多様な重要証拠が提出された結果,供述の形成過程と,法医鑑定の両面から,暴力団員A男が自分の事件について減刑を得るために前川犯行説をでっち上げ,捜査本部が,そのストーリーに基づいて,関係者を誘導した「砂上の楼閣」に過ぎないことが明らかになった。有罪判決の論拠はすべて崩壊した。

おりしも8月25日付の某全国紙は,関係者の1人であるN男が,「事件の夜は前川さんと会っていない」,「警察は何を言っても信じてくれず,A男の供述をベースにして『こうなんやぞ。間違いないでな』と繰り返すので,洗脳された」,「捜査官から,『話してくれれば何か違法行為があっても見逃す』と言われた」と告白し,有罪根拠の証言を撤回したと報じている。以上に述べた本件の特徴に照らせば,これも当然の成り行きであり,関係者供述の内部崩壊を示すものである。

ところで,今回提出された新証拠の多くは,弁護側が公判段階で開示を求めたにもかかわらず,検察官が提出を拒んできたものである。検察官が,前川氏の無実を裏付ける証拠の提出を拒んだことが原因となって,前川氏本人と,そのご家族は,四半世紀にわたって塗炭の苦しみを強いられてきた。

このように,捜査の実態が解明され,関係者供述が虚構の産物であることが明らかになった現在,無辜の請求人前川彰司氏を一日も早く救済すべく,再審開始が待たれる。

また,新証拠は検察官手持証拠や客観的な法医鑑定を中心とするものであるうえ,有罪を裏付ける新たな証拠提出の可能性もないだけに,検察官の今後の対応が厳しく注視されるべきである。