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布川事件:崩壊した自白(1)

                   

 

1,身体拘束の経過と自白の関係

布川事件の犯行が行われたとされた日は昭和42年8月28日。櫻井昌司さんは、それから40日以上経過した10月10日に窃盗を理由に、杉山卓男さんは10月16日に暴力行為を理由に、それぞれ逮捕され、ほどなく本件の強盗殺人について取り調べが始まりました。二人とも、当初は犯行を否認していましたが、厳しい取り調べにより自白に追い込まれ(櫻井さんは別件逮捕から5日後、杉山さんは翌日)、10月23日に強盗殺人を理由に逮捕されました。

桜井さんは11月8日に、杉山さんは11月6日に、それぞれ身柄拘束されていた警察署から土浦の拘置所に移監になり、その後検察官の取調べが始まりました。二人は、警察官と違いきちんと話を聞いてくれると信じ、検察官に対し、あらためて犯行を否認しました。その結果、検察官は否認調書を作成し、二人は11月13日、強盗殺人については処分保留のまま釈放されました。なお、身柄は別件の起訴により拘置所に置かれたままでした。

二人は強盗殺人事件の捜査がようやく終わったとほっとしたのもつかの間、12月1日になり、いきなり再び、警察署の代用監獄に移され、既に起訴され裁判になっていた別事件(窃盗、暴力行為等)での勾留を利用して、またもや本件強盗殺人事件についての取調べが始まったのです。担当検事は、以前否認調書を作成した有元検事ではなく、吉田検事に替わっていました。吉田検事は有元検事と違い、二人に対し「否認は通らない」と述べ、自白を強要しました。二人は最初のうちは否認していたのですが、貫くことができず、12月中旬に至り、揃って自白をしてしまいました。

このように、二人の供述調書には、自白したものと否認したものとがあり、確定審、再審を通じ、二人の供述調書の任意性(脅かされたりだまされたりすることなく、自らの意思で自白すること。「任意性のない自白」は証拠とすることができない。)、信用性が大きく争われてきました。任意性については、「虚偽自白はこうして作られた」に説明していますので、ここでは、信用性について説明しましょう。

 

2,自白の変遷が著しい

(1) 二人の供述の変遷は膨大、かつ、頻繁であること

このように二人は、否認と自白を繰り返しています。しかも時を同じくして否認と自白の間を行き来しています。また自白内容の変遷は、供述の一部だけではなく、ほぼ犯行過程の全般にわたるものです。特に櫻井さんの自白内容の変遷は止めどないものがあります。変遷はとりわけ次の事項に顕著です。

ア 犯行に至る経緯・・犯行の日とされる8月28日の日中から、夜の犯行に至るまでの間に、二人がどこで、誰と会い、何をしたか、という点。これらの事項は、後記エと同様に、特に変遷する理由はないと考えられます。

イ 殺害行為・・二人が被害者をどのように殺害したのか、どう分担したか。しかし「どのように協力して殺害したのか」は、最後まで一致しません。一旦殺害を認めた以上は、記憶に基づいて事実はきちんと供述されるはずです。

ウ 物色・強取行為・・二人は物色・強取行為を働いたのか、働いたとするとどこを物色したのか、何を強取したのか等。強盗殺人では何を強取したのかは重要な問題です。二人が盗った金員は合計で10万7000円であるとされますが、これには客観的な証拠が全くありません。また供述の当初から強取したとされていた白い布製の三つ折り財布は、最終段階では、実はもともと強取していなかったという結末になります。

エ 偽装工作・・便所の桟を外したり、室内のガラス戸を外したりといった偽装工作をしたか。ガラス戸の倒壊状況や便所の桟の破損状況をうまく説明できなかった二人は、途中からこれらを偽装工作によるものだと供述するようになります。しかし、一旦殺害や強取を認めた以上、犯行そのものではない事項については早い時期から供述できるはずです。また、その工作の態様が度々変遷することも理解できません。

オ 逃走・・被害者宅から脱出した出口と二人が再び合流した地点、布佐駅までの逃走状況、列車の乗車位置、櫻井さんの下車駅と宿泊先等。これも上記エと同様のことが言えます。

カ 盗品の配分内容・・二人が強取したとされるお金の額や金種、二人が盗品を見せ合った場所、杉山さんが櫻井さんに分けてやった金額。

自分がいくら盗ったのか、共犯者がいくら盗ったのかということは、強盗犯人にとっては重要な事実のはずです。共犯なら、互いに相手の強取金額に関心を持つので、その配分については正確な記憶があるはずです。にもかかわらず、これらの点がめまぐるしく変遷するということは、二人が事件を経験していなかったことを意味し、さらにこれらは捜査官も知らない事項だったので、誘導を次々に重ねたものの、整理しきれず、その結果が変遷という形で供述に表れてしまったものと考えられます。

(2) 連鎖的変遷

二人の自白内容の多くは、片方が変わるともう片方も変わるという経緯をたどります。二人が我孫子駅で出会ったときの状況、杉山さんの物色行為、ガラス戸の偽装工作、白い布製の三つ折り財布の強取行為等に関する自白の変遷に、この特徴がよくみられます。

 

(3) 不合理な変遷の理由

櫻井さんは、止めどない供述の変遷について、自白調書の中で、「裁判で言い逃れをするために意図的に供述を食い違うようにした」、「捜査官に信用されないと思い虚偽供述をした」、「他の人に迷惑をかけることを心配し虚偽の供述をした」というような説明をしています。杉山さんは、面倒な取調べを回避するため、櫻井さんの供述に合わせるために虚偽供述をしたと説明しています。

しかし、このような理由では、供述の変遷を合理的に説明できません。

 

3,供述態様の不合理・・アンバランスな自白

 二人の自白には、説明が欠落しているものがある一方、真犯人であっても認識も記憶もしないだろうと考えられる事項について詳細すぎるほどの供述がなされているものがあります。そこにははっきりした傾向が見られます。すなわち、捜査官が知っていることは詳しい自白がなされるのですが、捜査官が知らないことはあっさりとした内容になっているのです。例えば、捜査官に知れていた客観的事実、「物」や「情景」などは驚くほど詳細ですが、「行動」や「感情」など想像力を必要とする事柄については非常に空疎であったり、欠落したりしています。東京高裁の決定でも、請求人らが実際には体験していない事柄であるため、このような供述が生じたのではないかとの「疑いを払拭することができない」と指摘しています。

 

4,不自然・不合理な自白

 二人の自白には、犯行の経緯、動機の不自然さ、不自然な格闘、無神経・無警戒な物色行為、理解不能な偽装工作、犯行後の大胆不敵な周回行動など、常識や経験則に照らすとおよそ理解しがたい不自然・不合理な供述が随所に見られます。

偽装工作について説明しますと、二人は殺害行為、強取をした後に、死体に布団をかけ、室内のガラス戸2枚を外し、櫻井さんはわざわざ便所の狭い窓から脱出するという偽装工作をしたとされています。これらの工作は、「誰かが入ったように見せかけるために」実行したなどと説明されていますが、その考え方自体が奇妙なものですし、犯行後の状況下でそのような偽装工作をする必要があるのか、それらは偽装工作として意味があるのか、理解できません。土浦支部決定は、請求人らのこうした自白には不自然・不合理な点が「多々存在する」と言っています。また東京高裁の決定も「この供述については、見過ごすことのできない不自然、不合理な内容が含まれている」と指摘しています。

 

5,客観的事実との不一致

「現場は物語る」と言います。本件では現場に残された痕跡と自白内容が異なるという決定的な矛盾もみられます。まず現場には二人の指紋が一つも見つかっていません。指紋がつかないようにしたとの供述はなく、他方再現実験(この点については次回の章で詳しく説明します)では櫻井さんの指紋が多数検出される結果となりました。

また二人はガラス戸を2枚はずす際にガラス戸の下部を蹴ったらガラスが割れたと供述していますが、実験によると、自白のように蹴ってみてもその衝撃くらいではガラスは割れないことが明らかになりました。

東京高裁の決定では、こうした矛盾について、「請求人らが実際には体験していないことであるために、そのような不整合が生じたのではないかとの疑いを抱かせる」と指摘しています。

 

6,秘密の暴露の不存在

 自白の中に、あらかじめ捜査官が知り得なかった事項で、捜査の結果客観的事実であると確認されたというものがある場合を、「秘密の暴露」と言います。真犯人でなければ言い得ないこと・知り得ないことが、捜査官が知る前に供述されていれば、それは信用できることになります。例えば、「供述者の言うとおり調べてみたら、死体が発見された」等は秘密の暴露の典型です。

しかし本件では、多数の自白調書が作成され、供述内容も実に多岐にわたるのに、秘密の暴露に該当する事項は一切ないのです。検察官はそれがあると主張してきましたが、土浦支部決定、東京高裁決定はいずれも、二人の自白には、秘密の暴露は存在しないと指摘しました。

 

以上、二人の「自分たちの犯行だ」という自白は、信用できると判断される要素はなく、逆に信用できないと判断される要素に満ちているのです。まさに、「信用性がない自白」の典型と言えます。弁護団は、こうした点を一貫して主張し、新証拠を数多く提出してきました。土浦支部決定、東京高裁決定は、弁護団が主張してきた問題点について、いずれも二人の自白は信用できないと結論づけ、再審開始決定を下したのです。

 

 (崩壊した自白の信用性(2)に続く。)