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崩壊した目撃証言その1 W証人は本当に2人を見たのか?

1 W証人の証言

 

 確定判決(第1審水戸地裁土浦支部)では、自白の他に、自白を支えるものとしていくつかの目撃証言が重要視されました。物証が全くなく、櫻井さん・杉山さんと犯行とを直接結びつけるものが自白しかない布川事件において、自白を支える唯一のものが目撃証言だったのです。判決の中には6人の主要な目撃者が登場します。そのうち、事件現場に最も近いところで2人を見たとの証言をしていたのがW証人でした。W証人の目撃証言は櫻井さん・杉山さんの有罪判決の非常に重要な支えになっています。

 W証人は事件発生から半年以上たった1968(昭和43)年3月13日、検察官に対し、1967(昭和42)年8月28日夜にバイクに乗ってお得意先に商品を配達しに行く途中(往路)、被害者宅前で櫻井さん・杉山さんの2人を見たという供述をしたとされています。

 その後、公判廷において、まず、往路で見た2人について、公判前は検察官に対しW証人から見て背の低い方(櫻井さん)が手前、背の高い方(杉山さん)が先に立ち、かつ杉山さんは後ろ姿であったと証言しました。しかし、その後の法廷では被害者方にある溝を挟んで杉山さんが被害者宅の方に、櫻井さんが道路の方にお互いに向かい合って立っていたとその証言を変更しています。

 また、公判廷においては、帰路、再び被害者宅前にさしかかった時に「なにか不吉な予感がしたので、100メートル手前でバイクを止めて被害者方前を見たら、2人の男がいて、それが往路で見た櫻井さん・杉山さんの2人だったと思った」と証言しました。被害者宅前を通ったときに被害者宅から「鶏の悲鳴のような物音を聞いたような気がした」とも言っています。

 

2 W証言の疑問

 

  裁判ではW証言の信用性が大きな争点となりました。確定2審判決(東京高裁)は、W証言について、その帰路供述には混乱があり全面的に採用することはできないが、往路供述については信用することができるとしました。そして、確定3審決定(最高裁)もW証言は「犯行それ自体にかかる目撃ではない」が、「原判決認定の犯行時刻・場所に密着した時刻・場所における挙動不審の者を目撃したものである」ので、自白を補強する有力な証拠になりうるとした上で、帰路供述は全面的に採用し得ないが、終始一貫供述する往路供述は信用できるとしました。しかし、確定2審や確定3審がW証言の信用性を認める根拠の大半は積極的な根拠ではありませんし、W証人の証言について種々の問題があることを一部指摘しながらも、以下に挙げるような根本的な問題には十分に答えることなく、安易にW証言の往路部分の信用性を認めたのです。これは、明らかに誤りであると言わざるを得ません。

 

 その1 遺体発見直後から事件は新聞等で大きく報道され、世間の注目を集めていました。それな     のに、なぜ、W証人は事件から半年以上もたってから「目撃者」として名乗りを上げたの     でしょうか。

 その2 W証人は、夜間、照明のない暗いところで(確定2審の検証では0.15ルクス)、バイ     クに乗って時速30キロで走行していて、路肩に2人が立っているのを見たと言います     (往路)。暗がりで、しかも、そもそもそこに誰かが立っていることを予め知らないという     状況で、そこに誰かが立っていること、さらには、それが誰であるかを瞬時に判断できる     ものでしょうか。

 その3 W証人は櫻井さんとは5年以上会っておらず、杉山さんとは知り合って1ヶ月ほどしかた     っていないと証言しています。そのような状況で、W証人は、暗がりで瞬時に2人を識別     できたというのでしょうか。

 その4 W証人は、夜間、照明のない暗いところで、100メートル以上も離れた場所から、被害     者宅前に立っていた2人を見たと言います(帰路)。100メートル以上も離れた場所で、     人物の特定まで可能でしょうか。

 

3 確定2審(東京高裁)検証の誤り

 

 確定2審判決は、W証人の証言のうち帰路についての証言は信用できないとしました。検証の結果、W証人が2人連れを見たとされる地点から2人までは100メートル以上の距離があり、しかも照明のない暗がりで、人間がいることは何とか分かるものの、それが誰なのかはもちろん、男か女か、あるいは身長が高いのか低いのといったことすら識別することが不可能であることが明らかになったからです。

 しかし、確定2審判決は、W証人の往路についての証言は信用できると判断しました。帰路については見えないはずのものを見たという証人であっても、往路についての証言は信用できるというのです。確定2審では、W証人の証言の信用性を検討するために、バイクで通りすがりに人を識別できるかどうかについても検証を行っていますが、これは裁判官が時速30キロで走るバイクの「荷台に乗って」通りすがりに人を見分けることができるかどうかを確かめるというものでした。その結果を受けて、確定2審は、バイクのライトがあれば知っている人の顔を認識するには十分であると判断したのです。しかし、W証人は、自らバイクを運転していたところ「たまたま」「瞬間的に」2人を目撃したというのであって、「荷台に乗って」いたのではありませんし、そこに誰かがいること自体も知らなかったはずです。裁判官が自分では運転せず、しかも、あらかじめ人がいることが分かっていて「意図的に(意識的に)」目撃しているという状況と、W証人の目撃状況は全く違うと言えるでしょう。したがって裁判所が行った方法による検証では、W証人の証言の信用性を確認できるはずもないのです。このような誤った検証方法に基づく検証結果をもとに、W証人の証言の信用性を判断した確定2審の結論もまた、誤ったものと言わざるを得ません。

 

4 目撃実験

 

 そこで弁護団は、今次再審請求審において日本大学文理学部の厳島行雄教授(心理学専攻)に実験を依頼しました。バイクで通学している74人の学生を被験者として、W証人が目撃したとされるのと同じ暗さの道路を再現し、その道路を学生にはバイクで走行してもらい、バイクの運転者に道路脇に立っている人が誰かを識別できるか否かという実験です。この実験の結果、道路脇に立ってる2人の人物について、2人とも正しく認識をできた人は74人のうちただ1人であり、その正答率はわずか1.4%であることが分かりました(厳島第1鑑定書・補充鑑定書)。なお、この実験では、道路脇に立っていた人物は、被験者がバイクで走行する前に見た写真帳の8人の写真のうちの2人という設定でしたが、後日、被験者が通学する大学の職員2名に道路脇に立ってもらって再度行った実験でも(厳島・原再鑑定書)、2人を正しく認識できた人は1人もいませんでした(後の実験の方が、既知の人物を目撃するという状況から、W証人の目撃に近い実験であると言えます)。この結果からは、やはり、W証人が本当に2人を識別できたのかどうか、大いに疑問が残ると言わざるを得ません。

 

5 心理学鑑定

 

 さらに弁護団は、W証言の心理学的分析を淑徳大学総合福祉学部の大橋靖史助教授(心理学専攻)と東京学芸大学国際教育センターの高木光太郎助教授(心理学専攻)に依頼し、大橋・高木意見書が作成されました。この大橋・高木意見書では、W証人は、「ソース・モニタリング優先型ストラテジー」(記憶の源泉を特定することを優先する想起の方法)よりも、「コミュニケーション優先型ストラテジー」(記憶喚起よりも、聞き手による追究に局所的に対処しようとする想起の方法)を取る類型の証人であると考えられることや、W証言には、一つの事象について繰り返し供述するうちに、その内容が記憶喚起によって詳細になっていく「詳細化」ではなく、似て非なる情報を平然と積み重ねていく「重畳化」の傾向が多く見られること、したがって、初期供述が重要であることなどが指摘されました。すなわち、W証人の供述は、記憶の源泉に忠実という保証はなく、置かれた状況や相手方の対応により容易に変容する傾向があるということが、この意見書によって明らかになったのです。

 

6 崩れた目撃証言

 

 W証人が、事件から半年もたって唐突に目撃者として登場したことの不自然性は、以前から指摘されていましたが、再審請求審になって、事件直後の捜査報告書が開示されたことによって、当時W証人がどのようなことを言っていたのかが明らかになりました。事件直後の9月始めになされた捜査官からの聞き込みに対し、W証人は「不審者は見ていない」と供述し、その2週間後にも、櫻井さん・杉山さんの目撃については何ら供述をしていなかったのです。しかし、W証人は、事件から5ヶ月以上たった後に、知人に対し世間話の中で「実は事件当日被害者宅で2人を見た」というような話をしました。その話を聞いた知人が警察に通報し、警察が裏付け捜査のためにW証人に聞き込みをした際には、W証人は警察に対し、事件直後の聞き込みで櫻井さん・杉山さんについて話をしなかったのは「当時は誰だか分からなかったので」と供述していたことも分かりました。こうした事実によれば、W証人が本当に被害者宅前で2人連れを目撃したのか否かということに大いに疑問が残るだけでなく、W証人がこれらの聞き込みの段階では、自己の記憶の正確性に自信がなく、少なくとも目撃した人物が櫻井さん・杉山さんだと断定することができなかったのではないかとの疑いも強く残ります。

 さらに、W証人と同時刻頃に被害者宅前を通ったというO母の供述調書が今次再審請求審になってようやく開示されました。O母の供述は、被害者方前を自転車に乗って通りかかった際に、被害者方の明かりを見て被害者に仕事を頼もうと考えたけれども、被害者宅勝手口で男が被害者と立ち話をし、もう1人の男が被害者宅西南角付近に立っていたのを見て仕事を頼むのをやめたというものです。このO母の目撃は、W証人よりも視認状況が良く、さらに、意識的に見ているという点で、W証人の証言よりも信用性が高いと言えます。そして、O母の目撃した背の高い男は、杉山さんとは特徴を全く異にする者だったのです。

 これらのことから、もはや、W証人の証言の信用性は完全に崩れ去りました。

 第2次再審請求審の土浦決定は、W証人の目撃証言について、あたりは暗く、意識的に観察したわけでもないのに2人を見たということは不自然であり、W証人が目撃したとする前後の行動経過、櫻井さんの立ち位置など重要な点で証言に変遷があることや、再審で新たに開示されたO母の目撃供述などから、信用することはできないとしています。

 そして、土浦決定後の東京高裁決定においても、W証人の証言には往路・帰路いずれも重要な部分に顕著な変遷があることや、O母の供述など他の目撃者の目撃供述と対比してW証人の供述内容に疑問があること、W証人の客観的観察条件が必ずしも良好とはいえない状況にあったことなどを考慮すれば、W証人の供述の信用性には重大な疑問があると言わざるを得ない、と結論づけています。

 

 以上のとおり、自白を支える最も重要な証拠として位置づけられていたW証人の目撃証言は、その証拠価値を完全に喪失したと言わざるを得ません。自白を支えるべき目撃証言が崩壊したこと、それは、自白の信用性が崩壊したことを意味します。そして、櫻井さん・杉山さんの有罪を直接支える自白の信用性が崩壊しているとすれば、もはや、有罪判決が維持されないことは明らかです。

 次回はもう一つの目撃証言である5人の目撃について説明します。