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布川事件:崩壊した自白の信用性(2)

 

 

櫻井さんと杉山さんの自白の内容は,前回述べたとおり,変遷や食い違いが著しい,精粗がアンバランスである,内容が不自然・不合理である,客観的事実と一致しない,秘密の暴露が無いなど,問題が多々あるものでした。

今回は,その中でも,二人の自白内容が客観的状況と食い違っている点を取り上げます。

 

1 二人と犯行を結びつける物的証拠はない

  犯行現場からは,毛髪8本(死体周辺),小豆の缶詰(被害者のズボンのポケットの中)など141点が押収され,また,43個の指紋が採取されました。それにもかかわらず,二人に結びつく物的証拠はひとつもありませんでした。

弁護団の再三の要求により開示された毛髪鑑定書によれば,8本の毛髪のうち5本は,被害者のものでもないことが明らかになりました。これは二人以外の者が犯行現場にいた可能性を示しています。

これらの事実だけでも,二人が現場にいたこと,そして二人が犯人であることに疑問を生じさせるに十分でしょう。

ここではさらに,①殺害行為,②物色行為,③偽装工作についての自白内容が客観的事実と食い違っていることを説明します。

 

2 殺害行為に関する自白は信用できない

第1に,殺害行為(頸部圧迫)の方法が問題となりました。

自白では,櫻井さんが被害者の首を両手で強く押して扼した(扼頸)こととされ,確定審の判決も,殺害行為の方法は自白のとおり「扼頸」であると認定しました。

これに対し弁護団は,本件の殺害行為においては,「扼頸」が行われた可能性は少ないと主張しました。自白どおりの扼頸があったとすれば,被害者の頸部に皮下出血や軟骨骨折が起きる可能性が高いのに,本件ではこれら扼頸を示す所見がまったくないからです。

弁護団は,むしろ首にパンツを巻きつけ頸部を絞めた「絞頸」が行われた可能性が高いと主張しました。

①  死体検案書によると,死体を解剖した鑑定人が死体の状況から絞頸があったと判断していたこと,

②  法医学者らの鑑定でも,死体の頸部には平行する3本の表皮剥脱など,絞頸があったことを示す創傷があるとされていること,

③  頸部にはパンツが巻かれており,しかもそのパンツは絞頸をするに十分な長さがあり,幅の広さも平行な表皮剥脱の存在と合致していること,

④  パンツの縫い目にあった破損も横方向(首を絞める方向)の力で引っ張られたことにより生じたと考えられることなどを根拠としています。

この点について,第2次再審請求審の土浦支部決定は,主として,被害者の頸部の創傷やこれに関する法医学鑑定を根拠に,また,同抗告審の東京高裁決定は,主として,頸部のパンツの存在やその形状を根拠に,いずれも自白とは異なり,本件殺害行為の過程でパンツを使用した絞頸行為が行われた可能性が高いとの判断を下しました。

  第2に,殺害行為の順序について問題となりました。

被害者は,口にパンツを詰め込まれた状態で発見されましたが,自白では,被害者の抵抗を抑えてパンツを被害者の口の奥の方まで押し込んだことになっています(パンツの口詰めが先で,首締めが後という順になります)。

しかし,被害者に抵抗力がある状態で口の中にパンツのような物を強圧挿入するのは容易なことではありません。また,被害者の抵抗を排して無理矢理パンツを強圧挿入すれば,被害者の口の内外に損傷が生じる可能性が高いと考えられますが,当時死体を解剖した鑑定人は口の内外やその周辺に損傷を認めていません。

弁護団は,法医学者の鑑定意見をもとに,パンツは被害者の抵抗力が失われた後に押し込まれたことを主張しました(首締めが先で,パンツの口詰めが後)。

これについて前記の土浦支部決定及び同東京高裁決定は,ともに弁護団の主張を支持し,殺害行為の順序としては,まず,頸部圧迫行為があって,その後に,パンツを挿入するという行為が行われたと判断するのが相当であるとしました。

以上のように殺害行為の方法及び順序という自白の重要な部分について,二人の自白内容は客観的事実と矛盾する内容になっており,上記両決定も二人の自白の信用性に動揺を与えていると判断しています。

 

3 物色行為に関する自白は信用できない

  自白では,二人が殺害行為をした後,素手で机,ロッカー等を物色し,現金・財布等を取ったとされています。

二人の自白によれば,本件はまったく偶発的な犯行ですから,予め指紋が附着しないように準備したということは考え難く、櫻井さんが自白で触れたとする箇所には被害者等の指紋が残っており,指紋を拭き取ったふしもありません。

それにもかかわらず,前記のように櫻井さんらの指紋がまったく残っていないことは不自然というほかありません。

この点をより明確にするため,弁護団は,警察庁科学警察研究所で指紋の研究に従事していた専門家の協力を得て,再現実験を行いました。

現場をできるだけ忠実に再現し,櫻井さんたちが自白どおり物色行為を実際にやってみたのですが,その結果,実に11個の一致指紋が検出されました。また,生理学の専門家の実験によって,櫻井さんも杉山さんも人並みかそれ以上に発汗する体質であること,指紋が遺留されにくい体質ではないことを明らかにしました。

弁護団は,これらの新証拠に基づき,素手で物色したとする二人の自白は,あるべき客観的裏付けが欠如した不自然な自白であることを主張しました。

確定審の2審及び最高裁は,「指紋により犯人を特定することができないからといって,そのことだけで直ちに被告人両名の犯行を否定し本件強盗殺人の認定を不能とするわけにはいかない」として,自白を信用できるとしましたが,前記の土浦支部決定及び同東京高裁決定は,二人の指紋が一つとして検出されなかったということは,二人が犯人であることを否定する決定的な事実とはいえないとしても,その自白の信用性を疑わせる事情であると判示しております。

  

4 偽装工作に関する自白は信用できない

  現場の室内には2枚のガラス戸が,破損した状態(ガラス4枚割れ,上部のホゾ断裂,上框割裂など)で倒れていました。

自白ではそのことについて,二人で誰かが入ったように見せかけるための偽装工作をした,と説明しています。そもそもその説明自体が不自然です。

第2次再審請求において弁護団は,このガラス戸の偽装工作に関する自白の内容も,客観的状況と一致していないことを実験によって証明しました。

自白では,杉山さんはガラス戸が外れないので,外そうとして足で蹴ったら上の2枚のガラスが割れた,となっています。

しかし,専門家による実験では,ガラス戸が外れていない(固定した)状態で人が足で戸を蹴ってもその衝撃でガラスが割れることはなく,ガラス戸の一隅に面外方向(ガラス面に垂直の方向)に力を加えて変形(面外変形)させるとガラスが割れました。

また,上部のホゾの断裂や上框の割裂などの破損が生じるためには,少なくともガラス戸の下隅のうちの1つだけが敷居から30センチメートル以上外れる事が必要であり,自白のようにガラス戸を蹴っただけではこれらの破損は生じないことが明らかになりました。

以上の結果をふまえ,弁護団は,現場のガラス戸の破損状況は激しい格闘行為によりガラス戸が大きく変形した結果生じたものとみられ,自白内容は現場の状況と矛盾していると主張しました。

前記の土浦支部決定と同東京高裁決定は,ともに,ガラス戸の偽装工作に関する自白が現場の客観的状況と合致しないことを指摘しています。

このうち高裁決定は,ガラス戸は,被害者と犯人が激しく格闘する過程で,犯人と被害者のいずれか,あるいは双方の体重がガラス戸にかかり,そのために犯行現場に残されたような状況を来した可能性が高いと判断される,二人の自白は,ガラス戸の状況に関して客観的事実と矛盾する可能性が高いといわなければならない,と判示しています。

 また,自白では,櫻井さんが,誰かが便所の窓から入ったように見せかけるために便所の窓の桟(さん)を破壊する偽装工作をし,窓から外へ出て逃げたとなっています。

この説明自体不自然ですが,弁護団の再現実験の結果,この自白内容は客観的状況と合わないことが判明しました。

櫻井さんの自白では便所の窓に両手をかけ,両手がのびるまでぶら下がってから飛び降りた,となっていますが,両手がのびるまでぶら下がれば足は地面についてしまい,飛び降りる必要はありません。    

さらに,便所の窓から脱出するには窓枠上部,下部,窓の桟等,その他さまざまなところを手で掴まなければなりません。素手で触れれば指紋が残るはずですが,これらの箇所から指紋は検出されていません。

便所の窓の偽装工作についての自白も客観的状況と矛盾していることが明らかです。

このように,二人の自白は,死体の客観的所見や現場の客観的状況にも合致しておらず,信用できないものなのです。

次回は,確定判決の有罪認定を支えるもう一つの柱であった「目撃証言」について,説明します。