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布川事件:第3回/第4回再審公判報告 布川事件弁護団(11.2)

 第1 第3回公判(9月10日) 無罪を裏づける目撃証人が重大証言 供述調書も採用

 第3回再審公判が去る9月10日に開かれました。第2回公判の記事で紹介したOMさん(77歳の女性)の証人尋問がおこなわれ、43年前の事件当日に被害者宅前に立っていた人物は杉山さんではないことが明確に証言されました。

弁護人が請求していた事件当時のOMさんの供述調書(検察官調書、警察官調書)や、再審公判で開示された捜査報告メモは、検察官が不同意を撤回し、証拠採用され、証拠調べがなされました。これで被告人質問を残すのみとなりました。

 1 第3回再審公判の内容(2010.9.10.午後1時30分から)

弁護人の主尋問は谷萩陽一弁護人が担当しました。谷萩弁護人は水戸弁護士会の会員で、茨城で生まれ育った人です。証人も茨城県で育った方なので、茨城弁が法廷内に飛び交うことになりました。証人もお国言葉を聞き、落ち着いた気持ちで証言できたようです。

 (1)OMさんの証人尋問の主な内容

ア 昭和42年8月28日の午後7時少し過ぎごろ、自転車で被害者宅の前を通りかかった。

イ 被害者宅の前に、被害者と話している男と、被害者宅の角の柱に寄りかかって立っている男がいるのが見えた。

ウ 男の顔は見えた。事件当時、杉山さんのことはよく知っていたが、被害者宅の前に立っていたのは杉山さんではなかった。体つきや顔の特徴も杉山さんとは違っていた。杉山さんと見間違うことはない。

エ 事件の2日後、仕事の帰りに利根川の橋のところで警察官に事情を聞かれたのは覚えている。どんな話をしたかは覚えていない。

 事件から43年も経っているので、質問によっては、かつての供述調書の内容と違う話になってしまったり、記憶が変容してしまったと思われる点もありましたが、それでも上記のような核心部分はしっかり証言されました。

OMさんの供述調書は、確定審においては弁護人に開示されておらず、弁護人が再審請求審段階で再三にわたり証拠開示の要求をした結果、ようやく開示されたものです。もし確定審でそれら証拠が開示されていたら、その段階でOMさんの証人尋問が行われ、供述調書も取調べがなされた可能性が高かったでしょう。そうであれば、被害者宅付近にいた二人連れが杉山さん、櫻井さんではなかったという認定がなされ、無罪判決が下された可能性があります。それだけに、このOMさんの供述証拠が検察官により隠されていたのは極めて問題と言わざるを得ません。

それにしても、77歳にもなってから裁判所に引っ張り出されて、43年も昔のことを弁護人・検察官・裁判所から細かく聞かれ証言させられたOMさんも、えん罪で迷惑を被った一人であるという思いを強く持ちました。

 (2)OMさんの供述調書他の証拠採用

実はこの公判の直前に、検察官から、弁護人が取調べ請求からはずしていたOMさん自身の検面調書、弁護人の録取書と、その他の捜査メモを証拠請求したい、これに弁護人が同意するなら、かねて弁護人が証拠請求していたOMさんの別の供述調書やOMさんから利根川の橋のところで話を聞いた捜査官の捜査メモについては同意してもよい、という意向が伝えられました。弁護団では、後出2項記載のとおり、検察官の不同意が許されないことを主張すべく、準備を重ねていました。検察官の意向を受けて弁護団会議で協議の結果、検察官の請求証拠に同意することとし、これによって弁護人請求の証拠も採用されることになりました。これに伴い、弁護団が請求していた捜査官の証人尋問については撤回しました。

弁護人が請求していたOMさんの供述調書では、事件当日に被害者宅前で見た人物が165センチ程度だったと述べており、大柄な杉山さん(約180センチ)とは著しく違う特徴を示しています。再審開始決定は、「被害者宅前で杉山を見た。」と証言して有罪認定の根拠となったW証人の証言より、このOMさんの供述調書の方が信用性が高い、として再審開始の大きな理由としています。

また、事件の2日後に利根川の橋のところで聞き込みをしていた警察官の捜査メモには、被害者宅の角に立っていた男は164センチくらい、とOMさんが述べたことが記録されています。これはOMさんの供述としては最も事件発生時に近いものになります。

にもかかわらず再審公判で、検察官の不同意によりこれらの重要な証拠が取調べの俎上に上がらないのは不合理であると、弁護団は主張していました。今回これらの証拠が採用されたことにより、また一段、無罪への道が確実になったものと思います。

 2 OMさんの供述調書の取調に対する検察官の不同意意見について

これらの重要な検察官調書等を弁護人が取調べ請求したことに対し、検察官が同意をしなかったことについては、次のような問題がありました。

実はOMさんの供述調書は、第2次再審請求の土浦決定も、東京高裁決定も、「新規かつ明白な証拠である」として、無罪方向を示す有力な証拠であることを認めていました。再審請求審で「新規かつ明白な証拠」として認められ、最高裁もこの判断を是としたにもかかわらず、再審公判においてその証拠が検察官により不同意にされ、取調べすらできないという不合理で矛盾した事態が生じたわけです。

検察官が供述調書に同意をしないと、その供述者を証人として尋問をせざるを得ないことになります。法廷で尋問をすれば、たしかに「直接主義」という原則に合致することにはなります。しかし問題は、証言してもらう「事実」は今から43年も前の事実であるということです。当然記憶は極度に退化し、事件発生当時にどのような供述をしていたかさえ、記憶の彼方にあるといってよいでしょう。そういう意味でも、OMさんの初期供述が記載された供述調書そのものを、この法廷で取調べることが必要でした。

弁護人はこの矛盾を理論的に詰めてその不合理性を主張しようと考え、10名近くの学者に見解を尋ねました。しかしこの問題は、このような場合を想定していなかった刑事訴訟法の再審に関する規定の不備というべきもので、明快な論理的根拠を示されるには至りませんでした。

最終的には、検察官が不同意を撤回することによりこの問題は決着を見ました。おそらく取調べをしたいと考えていたであろう裁判所もほっと胸をなで下ろしたものと思いますが、理論の上では大きな問題を提供しました。今後、解釈または立法問題として検討されるべき問題でしょう。

 第2 第4回公判(10月15日)二人の被告人質問を実施

 1 第4回再審公判の内容(2010.10.15.午後1時30分から)

被告人質問は事前の協議で櫻井さん、杉山さんのそれぞれに対し主尋問各1時間、反対尋問は各15分程度とすることとし、定刻の少し前から、まず櫻井さんについて行われました。弁護団は2人に対して、主として自白に至った経緯、取調べの内容を尋ねました。

櫻井さんは、弁護人の質問が終わらないうちに答え始める程の意気込みをもって臨みました。別件逮捕で勾留され、本件の強盗殺人についての取調べが夜遅くまで続けられ、とうとう犯行を認める自白に至った経緯が生々しく語られました。

杉山さんは、これだけの時間を経ても褪せることのない記憶を、淡々と述べていきました。自白に至った経緯として、捜査官から、「櫻井さんは、杉山さんと一緒になって強盗殺人を犯したと供述している」と聞かされていたので、櫻井さんと早く裁判所で対決したいと考え、捜査官の誘導に従い供述を重ねたという経緯が、詳しく語られました。

 (1)櫻井さんの被告人質問の内容

別件逮捕された後の取調べで初めて自白をするに至った時の取調官の各種偽計の内容、その後検察官に否認した経緯、強盗殺人事件が処分保留のまま釈放になり拘置所に移監されたものの間もなく警察の留置場に逆送された経緯、交代した検察官の取調べに屈し再び自白をした経緯、その際極刑の可能性を言われ虚偽の自白をするようになった経緯、全体の供述調書がどのような経過で作成されていったのか、アリバイを主張してもつぶされてしまう危険性を認識した経緯、確定審初期に就任した弁護人の不適切かつ怠慢な弁護活動内容、目撃証人の勘違いと各証人の供述に変遷や矛盾があること、獄中で全17冊の日記を書き、とりわけ当初三種類の暗号を綴った経緯等を詳細に話しました。

嘘発見器による検査の後、取調官から「検査の結果、お前の言っていることは全部嘘と出た」と偽りを述べられた件(くだり)の場面では、櫻井さんは怒りのため絶句し、供述が一時途切れ、法廷は静寂に包まれました。その他は弁護人の尋問に対し的確な供述をし、主尋問は内容の濃いものでした。

最後に櫻井さんは、検察官の証拠隠しに激しい怒りの言葉を表し、裁判所に対して無罪判決が当然であること、検察官の過ちを的確にチェックして欲しいことを述べ終了しました。

これに対し検察官の反対尋問は、何を目的とするのかが不明確な尋問が繰り返されました。

 (2)杉山さんの被告人質問の内容

 本件事件直前に喧嘩し警察から追われ、事件現場から遠ざかり東京を中心に生活をしていたこと、8月28日の行動、別件逮捕されてから本件について自白をするに至った経緯、とりわけ、短時間のうちに自白をするようになった理由、多くの自白調書が作成されていった経緯、自白部分が二度にわたり録音された経緯、その後検察官に否認をした経緯、強盗殺人事件が処分保留のまま釈放になり拘置所に移監されたものの間もなく警察の留置場に逆送された経緯、交代した検察官の取調べに屈し再び自白をした経緯、無罪と確信をしていたものの最高裁に至るまで三度にわたり有罪判決を受けての心境、仮釈放についての心境やその後の生活状況等を話しました。

杉山さんはこれまで裁判所に対する失望と怒りをよく口にしていましたが、最近は検察官の証拠隠し等の不正義が糺されるべきだとの思いを強くしているように見受けられます。この日の被告人質問の最終段階で、「自分に対する検察官の謝罪はいらないが、櫻井さんの亡き両親は犯罪人の親ということで肩身の狭い思いをしてきたので、その両親に謝罪をせよ」と強く求めました。この発言は傍聴人をはじめ多くの人に驚きを持って受け止められましたが、その真剣な思いと真摯な心情は裁判所にも十分伝わったと思われます。杉山さんに対する主尋問は櫻井さん同様内容の濃いものでした。

 これに対して検察官の反対尋問は、櫻井さんの場合と同様、さしたる成果があったとは言えないものでした。

 こうして第4回公判が終わり、論告・弁論を残すのみとなりました。

 2 検察官の論告に関する弁護人の意見

 ところで、検察官はこれまでの公判で、「有罪の立証を行い、長時間の論告を行いたい」との姿勢を示していました。これに対して弁護人は再審公判が始まる前から、そして第1回の再審公判の場においても、検察官はそもそも有罪立証をする資格がないとして、一貫して謝罪の要求をしてきました(この経緯は2010年7月20日付の報告で述べたとおりです)。そのようなことから、主任弁護人は、審理を終えるにあたり、以下のような意見を述べました。

すなわち、「検察官は論告に際し、昨今の検察に対する信頼が大きく揺らいでいる今こそ、この事件でのおびただしいほどの証拠隠しや、偽計による自白誘導、偽証といった不正な行為を反省し、弁護人が求めていた謝罪要求に対し検察官の見解を明らかにすべきである」というものです。検察官は特に回答はしませんでしたが、多くのマスコミ関係者・傍聴人が同席する法廷内でこのような要求をしたことから、検察官としても一定の対応をするのではないかと期待をしたいものです。杉山さんが今回の法廷で言及した櫻井さんの亡き父母に対する謝罪要求は、誠に当然のことです。検察官は自ら行ってきたその不正義に対し、頭を垂れ、深く謝罪をすべきです。

 第3  論告(11月12日)・弁論(12月10日)により年内結審、来春判決の見通し

論告は11月12日に、弁論は12月10日に行い、年内に結審することになりました。判決期日の指定はなされませんでしたが、明年の3月16日の公算が現段階では大です。

いよいよ無罪判決の下される日に向けて、カウントダウンが始まりました。

弁護人は、目下、12月10日の最終弁論の準備作業に全力を挙げています。