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最高裁破棄差戻決定について : 名張毒ぶどう酒事件弁護団

 

 1 "光がさした"決定

最高裁第三小法廷は、平成22年4月5日、名張事件第7次再審請求につき、原決定を取り消し,名古屋高等裁判所に差し戻す、との決定をしました。

決定は、再審開始決定(平成17年4月5日)を取り消した原決定を、著しく正義に反する決定として破棄したものであり、その意味で再審開始決定を蘇らせるものです。奥西勝さん(84歳)の生還に向けて大きな一歩を踏み出したと評価できる決定です。

再審事件では、昭和51年10月12日の財田川決定以来の最高裁破棄差戻決定であり、財田川事件にならって、再審開始・再審無罪を勝ち取ることができるという展望を明らかにした決定といえます。

まさしく、"光がさした"と言えるでしょう。

 

2 原決定の判断の誤りを指摘

本決定が原決定を破棄した理由は、弁護人が第7次請求審において提出した新証拠1~5のうち、ぶどう酒に注入された毒物はニッカリンTだとする確定判決の認定に対し科学的疑問を提起した二つの鑑定書(新証拠3)についての原決定の判断が誤っているとの判断にあります。

すなわち、本決定は、新証拠3についての原決定の判断が誤っているとして、次のように述べました。

「(3)以上によれば、原決定が、本件毒物はニッカリンTであり、トリエチルピロホスフェートもその成分として含まれていたけれども、三重県衛生研究所の試験によっては、それを検出することができなかったと考えることも十分に可能であると判断したのは、科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、その推論過程に誤りがある疑いがあり、いまだ事実は解明されていないのであって、審理が尽くされているとはいえない。これが原決定に影響を及ぼすことは明らかであり、原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」

 

3 原決定は科学的知見に基づく検討をしたとはいえない

本決定の判断で注目される第1点は、新証拠3についての原決定の判断につき、「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず」と明確に述べた点、続いて、「その推論過程に誤りがある疑いがあり」と述べた点です。

「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず」との指摘は、それに先行する「(2)」の部分、つまり、「(2)しかしながら、原決定の判断には次のような疑問がある。」として幾つもの疑問点を指摘したうえでの結論であって、極めて適切・妥当な判断です。それ故に、それにすぐ続く部分が、「推論過程に誤りがある疑いがあり」とするにとどまっているのは、論理的な齟齬があり、違和感を禁じ得ません。ここは、本来、端的に「推論過程に誤りがある」とされるべきであった、と言うべきです。

このことは、その後の田原睦夫裁判官の補足意見において、原決定の判断及び検察官の主張立証に対して、詳細かつ的確にその疑問点・問題点が指摘されていることを考慮すると一層明らかになります。この補足意見は、法廷意見としては述べられず補足意見として述べられているものではありますが、実質的には、法廷意見における原決定の判断及び検察官の主張立証に対する疑問点・問題点を敷衍し補充したものと評価できるからです。

従って、本決定は、本来、請求人が確定判決認定の犯行を行ったと断定するにはなお合理的な疑いが残るとして、差戻ではなく、自判をすべきであった、と言うべきです。

それなのに、差戻としたのは、事ここに至ってもなお、"確定判決神話"から完全に脱却することができなかったからと言うべきであり、この点では、不十分かつ不当な決定といえます。

なお、本サイトの「弁護団からの最新の報告(10.3.29)」でもお伝えしたとおり、弁護団は、既に検察官答弁補充書1に対する反論の準備に入っていたところであり、最高裁に対しては、反論書を4月中に提出する旨を伝えていました。最高裁は不当にも弁護団の反論を待つことなく決定を下しましたが、弁護団は、この反論書によって検察官の主張の誤りが明らかとなり、最高裁が自判して再審開始決定を下すべきであったことが一層明白になったものと確信しています。

 

4 必要最小限の証拠調べを示唆した補足意見

本決定につき注目される第2点は、上述のように、「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、その推論過程に誤りがある疑いがあり、いまだ事実は解明されていないのであって、審理が尽くされているとはいえない」として破棄差し戻しをするにあたり、法廷意見及び補足意見において、新証拠3についての原決定の判断及び検察官の主張立証に対する疑問点・問題点を詳細かつ具体的に指摘している点です。

これは、言い換えれば、現時点における証拠状況からすれば、新証拠3について原決定の判断は維持できない、検察官の主張立証も維持できないという意味において、差戻審に対する拘束力を有する判断であり、差戻審において、検察官は、これらの疑問点・問題点を氷解させるに足る主張立証をしない限り、本決定の上記判断は維持されるということです。

逆に言えば、差戻審においては、新証拠3についての検察官の主張立証は、このような観点から厳密に吟味されなければならないということです。上記の疑問点・問題点を氷解させようとして主張立証が提出されたときに、これを漫然と受け入れるのではなく、厳しくチェックされるべきだということです。84歳と高齢の奥西勝さんをこれ以上苦しめてはならないからです。

この点につき、法廷意見は、「……を解明するため、申立人側からニッカリンTの提出を受けるなどして、事件検体と近似の条件でペーパークロマトグラフ試験を実施する等の鑑定を行うなど、更に審理を尽くす必要があるというべきである。」と述べていますが、もとより拘束力のある意見ではなく、果たしてこれに従うべきか、大いに疑問があります。なぜならば、「事件検体と近似の条件」自体が明確でないうえに、これらの鑑定を実施するための条件設定が困難であり、そもそもそのような鑑定によって、上記の疑問点・問題点を氷解させうるのか厳密にチェックされなければならないからです。

それ故、この点は、むしろ補足意見にあるところの、「本件は、事件発生から50年近くを経過し、また、本件再審申立てから既に8年近く経過していることにかんがみ、差戻審における証拠調べは、必要最小限の範囲に限定して効率良くなされることが肝要であると考える。」との指針にこそ従っていくべきです。差戻審における審理はその合理的裁量に属するものであるところ、上述した新証拠3についての原決定の判断及び検察官の主張立証に対する疑問点・問題点から論理的に導かれる帰結は限定された必要最小限の証拠調べで足りるということにあるからです。

 

5 原決定を取り消さなければ著しく正義に反する

本決定につき注目される第3点は、新証拠3についての原決定の判断に対する上述した疑問点・問題点が存在するところ、これらの疑問点・問題点が氷解されない以上は、「これが原決定に影響を及ぼすことは明らかであり、原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」とした判断です。

すなわち、新証拠3により、請求人がニッカリンTをぶどう酒に注入したという確定判決認定の事実に対して、いわゆる凶器が全く異なるのではないか、請求人がその凶器を持っていたとは認定できないのではないかという形で犯行たる実行行為の核心部分が維持できなくなった以上は、原決定に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいては、そのような確定判決の認定を動揺させ成り立たなくさせるということを示唆するものです。請求人の自白が信用できないものであることを示すにとどまらず、自白を含む確定判決の有罪証拠構造そのものが基礎から崩壊すると考えられるからです。

もとより、再審が開始され無罪判決が言い渡されるためには、通常は-新旧全証拠を総合評価しての-「疑わしきは被告人の利益に」との鉄則に立ったうえでの合理的な疑いが確認されなければならないのですが、上述のように、いわゆる凶器という犯罪事実の核心、有罪証拠構造の基本が崩壊した以上は、それだけで、合理的な疑いはあると言わざるをえないと考えられるのです。

本決定はかかる趣旨を含意していると理解できるのです。

そして、更に言えば、新証拠3についての判断が新証拠1、2、4、5についての判断に影響を与えうること、新証拠1、2、4、5についての本決定の判断も再検討されるべきこと、それらを踏まえての総合評価がなされるべきこと、そうしてそれ故に、なお一層、無罪判決が言い渡されるべきという方向性も明らかにされたものと考えられます。

 

6 一層のご支援・ご協力を

ともあれ、差戻審がこれから始まります。弁護人は、上述したような理解と認識を基本として、本決定の評価できるところを最大限に生かし、その不十分なところを克服して、一日も早く、奥西勝さんの再審開始・再審無罪を勝ち取りたく、それに向かっての活動に全精力を注ぎたいと考えています。

これまでのご支援・ご協力に深く感謝しつつ、従来にも増してのご支援・ご協力、そして、ご助言を、切にお願い致します。

以  上