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名張毒ぶどう酒事件紹介(09.11.10版)

名張毒ぶどう酒事件について 

目次

1 事件の概要

2 判決と決定の歴史が本件のえん罪性を示している

3 科学を否定する「自白信仰」裁判

4 第7次再審請求・特別抗告審-最高裁での闘いの現局面

 

1 事件の概要

(1)事件発生から逮捕まで

1961(昭和36)年3月28日夜、奈良県との県境にある三重県名張市葛尾の公民館で、村の生活改善クラブ「三奈の会」の総会と引き続いて懇親会が開かれました。午後8時ころ始まった懇親会には、男性に清酒、女性には(白)ぶどう酒が振る舞われ、32人の参加者が乾杯しました。しかし、その直後、ぶどう酒を飲んだ女性たちが苦しみ始め、次々に倒れました。そして、女性のうち5人が死亡し、12人が重軽傷を負いました。ぶどう酒にテップ剤という農薬が混入されていたのです。これが名張毒ぶどう酒事件です。

静かな集落で突然発生した大事件に、警察とマスコミが殺到し騒然となりました。警察に対し一刻も早く犯人を検挙せよと求める世論のプレッシャーは大変なものでした。警察は、問題のぶどう酒の購入・運搬に関わったとされる3人を連日取り調べました。その1人が、当時35歳だった奥西勝さんでした。

警察は、死亡した女性の中に妻と愛人がいた奥西さんには「三角関係の清算」という動機があるとして、奥西さんを特に厳しく取り調べました。奥西さんは、最初、逮捕こそされてはいませんでしたが、事件の翌日から取り調べを受け、その翌日からは毎日ジープで警察署に連れて行かれ、一日中取調べを受けました。4月1日には、送ってきた警察官がそのまま自宅に留まり、奥西さんに便所の扉を開けたまま用便をするように命令し、一晩中枕元で監視するという事実上の拘束状態におかれました。こうして延べ約49時間の取調べを受けた奥西さんは、4月2日深夜、ついに「妻と愛人を殺すため、公民館で1人になった隙に、竹筒に入れて自宅から持ってきた農薬ニッカリンTをぶどう酒に混入しました」と自白させられました。警察は自白調書を証拠にして奥西さんの逮捕状を取り、4月3日未明、逮捕しました。

(2)無罪から死刑へ

奥西さんは、その後、自白を撤回し、裁判では一貫して無実を訴え続けました。裁判では、次のような点が問題となりました。①問題のぶどう酒に装着されていたとされる王冠(栓)表面の傷は奥西さんの歯によって生じたものか、②奥西さん以外の人物がぶどう酒に農薬を混入する機会があったのか、③奥西さんの捜査段階の自白は信用できるのか、です。

第1審・津地裁は、1964(昭和39)年12月23日、①王冠の傷が奥西さんの歯によって生じたという歯型鑑定には疑問がある、②奥西さん以外の人物にも農薬を混入する機会があった、③奥西さんの自白は、動機、犯行の準備、実行のすべてにわたって不合理な変遷や矛盾があり信用できない、と判断して、無罪を言い渡しました。奥西さんは、判決後、直ちに釈放されました。

ところが、検察官が控訴しました。控訴審・名古屋高裁刑事1部は、1969(昭和44)年9月10日、第1審とは全く正反対の認定をし、奥西さんに逆転死刑判決を言い渡しました。すなわち、名古屋高裁は、①王冠の傷は奥西さんの歯によって付けられたという歯型鑑定は信用できる、②奥西さん以外の人物に農薬を混入する機会はない、③第1審とは別の見方をすれば、自白は信用できないことはない、と判断したのです。奥西さんは、死刑判決の後、直ちに収監され、1972(昭和47)年6月15日の最高裁の上告棄却判決によって死刑確定者となりました。

(3)再審開始から再審取消へ

奥西さんは、長年にわたり裁判のやり直し(再審)を求めてきましたが、裁判所はなかなか認めませんでした。日弁連の支援を受けて始まった第5次再審請求(1988(昭和63)年~1997(平成9)年)では、弁護団が提出した土生鑑定などの新証拠によって、歯型鑑定(松倉鑑定)が、写真の倍率を不正に操作したねつ造鑑定であることが明らかになり、死刑判決が有罪認定の決定的証拠とした歯型鑑定の証明力が否定されました。しかし、裁判所は、歯型鑑定の証明力が大幅に減殺したことは認めましたが、依然、消極的証明力(奥西さんの歯型としても矛盾を生じないという証明力)が残っているとし、本件ぶどう酒瓶は封かん紙を破らないと開栓できない構造にあるから、封かん紙の断片が発見された公民館囲炉裏の間が犯行場所であるとの新しい判断を示し、そこでの犯行の機会を持ったのは奥西さんしかいない(以上の認定を最高裁は「犯行の場所と機会に関する状況証拠」といいました)、歯型鑑定の消極的証明力等によって奥西さんの自白は信用できる、として、再審請求を棄却しました。

2002(平成14)年4月に申し立てられた第7次再審の請求審(名古屋高裁刑事1部)において、弁護団は、本件ぶどう酒瓶を正確に復元し、それを使った実験によって、封かん紙を破らなくても容易に開栓し、開けたことが分からないように元通りに閉栓することができることを明らかにしました。また、犯行に使用された農薬が奥西さんが使用したと自白した農薬とは別の農薬であることを科学的に明らかにした毒物鑑定などの新証拠を提出しました。2005(平成17)年4月5日、同裁判所は、これらの新証拠を奥西さんに無罪を言い渡すべき明らかな証拠と認めて、再審開始と死刑執行停止の決定をしました。この瞬間、奥西さんは最高裁の上告棄却判決から約33年ぶりに死刑執行の恐怖から解放されたのです。

ところが、この決定に対し、検察官は異議を申し立てました。そして、異議審(名古屋高裁刑事2部)は、2006(平成18)年12月26日、再審開始決定を取り消し、再審の扉を再び閉ざしてしまいました。こうして、奥西さんは、再び死刑執行の恐怖にさらされることになったのです。

奥西さんは、直ちに、2007(平成19)年1月4日、再審開始を取り消した決定を不服として、最高裁に特別抗告を申し立てました。現在、第7次再審請求の特別抗告審は最高裁第三小法廷で審理されています。

奥西さんは、現在、83歳です。

 

2 判決と決定の歴史が本件のえん罪性を示している

(1)2度の無罪

他の事件に類を見ない名張毒ぶどう酒事件の大きな特徴は、これまで2度も「無罪」とされている点です。1度目は第1審津地裁の無罪判決、2度目は第7次再審請求の請求審・名古屋高裁刑事1部の再審開始決定です。つまり、裁判所は2度にわたって、奥西さんが犯人であることについて合理的な疑問を抱いたのです。

(2)ころころ変わる有罪の理由

もう一つの特徴は、これまで裁判所は死刑判決を維持してきましたが、弁護団が有力な新証拠を提出するたびに有罪の理由を変えてきたことです。

奥西さんに逆転死刑判決を言い渡した控訴審・名古屋高裁刑事1部は、奥西さんの自白によらなくても、歯型鑑定や犯行の場所と機会に関する状況証拠(但し、後記第5次再審請求・最高裁がした新判断を除く)などから、奥西さんの犯行であったと断定できると言いましたが、第5次再審請求において、弁護団が提出した新証拠(土生鑑定など)により、歯型鑑定の証明力が大きく崩れると、請求審・名古屋高裁(刑事1部)は、1988(昭和63)年12月、「自白によらなくても有罪と認めることができる」という死刑判決の考え方には賛同できないと明確に述べ、奥西さんの自白がなければ奥西さんの犯行と認めることはできないとして、自白を重視する判断をしました。そして、最高裁は1997(平成9)年1月、第5次再審請求の特別抗告審決定で、歯型鑑定の証明力は大幅に失われたが消極的証明力が残っている、このような歯型鑑定に奥西さんの自白と「犯行の場所と機会に関する状況証拠」という認定を加えた3本柱の証拠群によって、死刑判決は維持できると言いました。つまり、第5次再審請求の最高裁決定に至るまでに、裁判所は、奥西さんの犯行と認めた理由を大きく変更してきたのです。

第5次再審請求で最高裁が示した「犯行の場所と機会に関する状況証拠」の中で、最も重要な点は、本件ぶどう酒瓶の栓は栓に巻き付けられた封かん紙を破らなければ開けることができない構造のものであるとした新しい判断です。弁護団は、この判断を打ち破る新証拠の発見に全力を尽くしました。弁護団は、特殊な二重構造になっている本件ぶどう酒瓶の栓や封かん紙(事件当時の栓や封かん紙は今は全く市販されていません。)を現物どおりに再現することに成功し、これを使ってぶどう酒瓶の開栓実験をしました。その結果本件ぶどう酒瓶は封かん紙を破らなくても簡単に開けられ元通りに閉栓できることが証明されました。弁護団は、第7次再審請求・請求審(名古屋高裁刑事1部)に、ぶどう酒瓶の開栓実験結果を新証拠として提出し、第5次再審請求の最高裁決定の判断の誤りを明らかにしました。また、後述するとおり犯行に使用された農薬が奥西さんの自白で使用したとされている農薬とは全く異なる農薬であることを科学的に明らかする毒物鑑定などの新証拠を提出しました。

これらの新証拠によって、最高裁が示した有罪の理由は大きく揺らぎました。そして遂に、名古屋高裁(刑事1部)は、2005(平成17)年4月5日、再審開始決定・死刑執行停止の決定をしました。ところが検察官の異議申立を受けた異議審・名古屋高裁(刑事2部)は、奥西さんの自白を有罪認定の中心に据え、それまでどの判決や決定も言わなかった理由(例えば、奥西さんが自白する前に妻の犯行を目撃したと嘘の供述をしたこと、なぜ嘘の供述をしたのか納得できる説明がないことから、奥西さんが犯人と推測する等)で再審開始決定を取り消して、死刑判決を維持したのです。1969(昭和44)年の確定判決と2006(平成18)年の異議審決定は、どちらも同じ「有罪」の判断ですが、もはや同じ事件の判断とは思えないほど、理由が大きく異なっています。

(3)「疑わしきは被告人の利益に」に反する判断

有力な新証拠が提出されたことによって、裁判所が示した有罪の理由が成り立たなくなったにもかかわらず、別の理由で何とか有罪を維持しようとするというのは、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則-えん罪の悲劇を起こさないための人類の英知の結晶です-に反する判断です。

名張毒ぶどう酒事件の判決と決定の歴史は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が踏みにじられてきた歴史です。このこと自体、本件のえん罪性を雄弁に物語っているのではないでしょうか。

3 科学を否定する「自白信仰」裁判

(1)有罪認定の決定的な誤りを示す科学的証拠-毒物鑑定

これまで、犯行に使われた農薬は「ニッカリンT」というテップ剤であることが当然の前提とされ、逆転死刑判決も第5次再審請求における各決定も、この点について何ら疑問を抱きませんでした。

第7次再審請求の請求審に弁護団が新たに提出した農薬に関する化学の専門家による鑑定(毒物鑑定)により、テップ剤には、トリエチルピロホスフェートという副生成物を含むテップ剤とこれをほとんど含まないテップ剤の2種類があり、ニッカリンTは前者であることが判明しました。事件直後に飲み残しのぶどう酒を分析した結果、ニッカリンTの主成分であるテトラエチルピロホスフェート(TEPP)は検出されたのですが、ニッカリンTに含まれているはずのトリエチルピロホスフェートは検出されなかったのです。当時の分析官は、混入された農薬にはトリエチルピロホスフェートが含まれていたが、それはぶどう酒に混ぜたため加水分解してしまい検出されなかったに過ぎないと説明し、その説明がそのまま通ってきました。ところが毒物鑑定によって、TEPPの加水分解速度は、トリエチルピロホスフェートより圧倒的に速い、飲み残りのぶどう酒からTEPPが検出されているのに、トリエチルピロホスフェートが検出されないことは考えられない、従って、ぶどう酒に混入された農薬は、初めからトリエチルピロホスフェートを含まないテップ剤(ニッカリンTとは異なる製法の異なる農薬)だったのではないかという重大な疑問が示されました。

こうして毒物鑑定という新証拠により「ニッカリンTをぶどう酒に混入して大量殺人を実行した」という自白とその自白に基づく死刑判決の有罪認定に重大な疑いが提起されたのです。

(2)抜きがたい自白信仰-密室で作られた自白で科学的証明を否定

名張毒ぶどう酒事件では、第1審から今日に至るまで、奥西さんの捜査段階の自白が問題になってきました。この点、第1審の無罪判決は自白を信用することはできないとし、逆転死刑判決でさえも、奥西さんの自白以外で有罪を認定できると判断しました。しかし、再審段階になって、歯型や農薬など他の客観的証拠が崩れていく中で、自白は反対に有罪証拠の中心的な存在となってきました。

奥西さんは事件により、突然、妻を失って呆然とし混乱している状態で、連日厳しい取調べを受けました。取り調べた警察官は、奥西さんを犯人と決めつけてどんどん追及していきます。弁護人も依頼できないまま、約49時間もの長時間厳しい取調べを受け続ければ、無実の人であっても耐えられず自白してしまうことでしょう。

しかし、第7次再審請求の異議審(名古屋高裁刑事2部)は、奥西さんは逮捕される前に詳細な自白をしており、この自白は信用できると言って、新証拠の証拠価値を否定し、再審開始決定を取り消しました。例えば同決定は、毒物鑑定(前記)によって、ぶどう酒に入れられた毒物が奥西さんが所持していた農薬(ニッカリンT)とは異なる農薬である可能性があることを認めざるを得ませんでしたが、ニッカリンTを使ったという奥西さんの自白は信用できるから、やはり本件毒物はニッカリンTに間違いないと判断したのです。つまり、同決定は、「本件のように死刑になるような重大殺人事件で、やってもいないことをやりましたと嘘の自白をするはずはない」という思い込み-なんら証明されていない思い込みという意味で「自白信仰」といってもよい-によって、科学的に証明された事実を否定したのです。自白信仰によって、科学を否定する裁判所の判断は改められなければなりません。

 

4 第7次再審請求・特別抗告審-最高裁での闘いの現局面

(1)事実に基づいた弁護活動-毒物鑑定と自白に関する実証的研究

 弁護団は、第7次再審請求の特別抗告審である最高裁第三小法廷に、特別抗告申立書を初め、申立補充書9通、奥西さんの本人意見書、身柄釈放上申書、証拠開示命令申立書、ならびに19点の証拠を提出し、異議審決定の誤りを完膚なきまでに明らかにし、速やかに再審開始決定・即時釈放命令を出すよう求めてきました。

 

特に弁護団は、科学と実験を重視し、徹底的に事実に基づいて、決定を批判してきました。毒物鑑定など科学的証拠に対する異議審決定の判断については、化学の専門家による補充鑑定書と実験によって、その誤りを明らかにするよう努めてきました。

 

また異議審決定の「自白信仰」に対しては、ノースウェスタン大学ロースクール・S.ドリズィン教授らによる、自白によって起訴され有罪判決が言い渡された後に、DNA鑑定などにより完全に無実が証明されたアメリカの125事件の実証的研究論文(「DNA時代の虚偽自白の問題」)と、同大学誤判救済センターが作成した、異議審決定の自白に基づく有罪認定がいかに誤っているかを論じた法廷意見書(アミカス・ブリーフ)を提出しました。同論文によれば、前記125事件の81%が殺人事件であり、取調時間が判明している人の89%が取り調べ開始から24時間以内に自白しています。一方、奥西さんは、事件後連日にわたって延べ約49時間という長時間の取り調べの後に自白させられたのです。上記論文と法廷意見書は、「重大殺人事件でやすやすと自白したから、その自白は信用できる」という異議審決定の判断が、いかに根拠のない思い込みであり誤った判断であるかを明白に示しました。

 

本年6月4日、足利事件の菅家利和さんが、DNA再鑑定の結果犯人でないことが明らかになり、17年半ぶりに釈放され、6月23日には再審開始決定がなされました。菅家さんに無期懲役の判決を言い渡した裁判所は、不確かなDNA鑑定と自白に基づいて、菅家さんが犯人であると断定したのです。足利事件は、異議審決定の「自白信仰」がいかに誤判に導く危険な思い込みであるかを、あらためて浮き彫りにしたものといえます。

 

(2)検察官の証拠隠し

 

  弁護団はこれまで再三にわたって、検察官に対し、警察・検察の手に握られたまま提出されない証拠を開示するよう求めてきました。検察官は、「まだ膨大な証拠がある。」と公言しながら、開示することを拒否してきました。弁護団は、第7次再審請求の特別抗告審・最高裁第三小法廷に対しても、証拠開示命令申立書を提出し、ぶどう酒到着時刻問題や10分間問題など本件の重大争点について、存在することが明らかな重要な証拠が未だ隠されたままであること、裁判員裁判制度(本件も仮に本年5月以後に起訴されていれば、裁判員裁判対象事件です。)の下では、これらの証拠は検察官が開示しなければならない証拠であることを論じて、証拠開示命令を発するよう求めました。直接、最高検にも同様の申し入れをしています。しかし、検察官は、弁護人の証拠開示要求に応えないまま、再審を拒否する態度を続けています。このような検察官の態度は、証拠を隠したまま奥西さんを死刑にせよと言うに等しく、不正義そのものです。

 

(3)答弁書の提出を求める最高裁の異例の動きと最高検の不当な対応

 本年7月22日、最高裁は最高検に対し、弁護団の申立に反論があれば答弁書を出すように求めました。名張事件は最高裁を舞台にした再審の闘いをこれまでに第5次、第6次、第7次と3回経験していますが、最高裁が検察官に正式に意見を求めたのは、今回が初めてです。最高裁が今回は相当慎重な審理をしていることが窺えます。

最高検は、弁護団が最高裁に提出した書類はすべてその都度受け取っていますから、これらの書類に対して反論する時間は十分に有ったはずですが、何らの反論もすることもありませんでした。最高裁から答弁書を求められて初めてそれを準備するという検察官の対応は不誠実というべきです。しかも最高検は、最高裁から答弁書を求められてから1ヶ月以上経過した8月末になっても答弁書を出しませんでした。弁護団は最高裁を通じて早期に答弁書を提出するよう求めましたが、検察官は10月末日までに提出するよう努力するとしか言いません。最高裁から求められて3ヶ月以上もかけて答弁書を出すという最高検の対応は、最高裁決定を先延ばしにしようとする時間稼ぎに他ならず、それは取りも直さず奥西さんを死刑執行の恐怖にさらす時間をさらに延長することに繋がります。83歳という高齢の奥西さんの心情を考えると、検察官の不誠実な対応は断じて許されるものではありません。

 

(4)検察官の答弁書

 

検察官は,最高裁から弁護団の意見に対する反論の答弁書を求められてから3ヶ月後を経過した10月23日にようやく答弁書を提出しました。答弁書は本文139枚添付資料53枚という大部のものですが,弁護団の意見に対する真っ正面からの反論はほとんどなく,その大半が異議審で検察官が述べた意見の繰り返しに過ぎません。

検察官は答弁書の冒頭で「本件は,請求人(奥西さん)が犯人であると認めるに足る明確な証拠が存在している事件であるから,確定判決(死刑判決)の事実認定を覆すためにはそれにふさわしい強い証明力を有する証拠が必要である」等と主張しています。しかしこれは,第1審津地裁が「本件は被告人(奥西さん)の犯行と認めるに足る証拠がない」と判断して無罪判決を下した事実をあえて無視し,無実の人を誤って処罰しないために確立された「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則(最高裁白鳥決定)を否定する謬論です。

また前述のとおり,弁護団は,無実の菅家さんが警察署に連行されたその日のうちにウソの自白をさせられたという足利事件の経緯やアミカス・ブリーフによって異議審決定の「自白信仰」が如何に誤った判断であるかを論証しましたが,答弁書はこれに対する反論を一切していません。

その上,検察官は答弁書の半分以上を毒物問題に費やし,そこで異議審決定も触れていない新たな主張を展開し,この問題について某大学准教授に照会して得た回答書等新たな証拠を答弁書に添付しています。検察官は,この准教授への照会と回答の一部は異議審に提出しませんでしたが,すでに名古屋高検が異議審継続中の平成17年に入手していたことが,答弁書に添付された准教授の研究経歴から判明しました。最高裁での審理が大詰めを迎えたこの段階で,新たな主張や証拠を出すという検察官の対応は,本件の審理を徒に長期化させ,奥西さんにさらなる苦痛を与えようとする以外の何ものでもありません。

弁護団は,反論書の作成に全力を挙げ,最高裁に対し,毅然として異議審の不当決定を取り消し,再審開始の決定をするよう求めていきます。