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財田川事件紹介

財田川事件について

 1950年(昭和25年)2月28日未明、香川県三豊郡財田村(現在は三豊市財田町)の一人暮らしの闇米ブローカー(62歳)が、自宅居間兼寝室で就寝中に何者かに襲われ、刺身包丁のような鋭利な刃物で頭、顔、胸、腰など30数カ所の刺切傷を負い、急性失血により死亡した事件。

 別件で逮捕された谷口繁義さん(当時23歳)は、長期間の勾留後自白し、起訴されました。1957年1月、最高裁で死刑判決が確定。その後無罪を主張して再審を求め、2度目の再審請求で、1984年3月に無罪判決。逮捕から34年、谷口さん53歳の時です。

 

1 別件逮捕と長期に及んだ拘束

 三豊地区警察署が事件を知ったのは、その日の夕方でした。警察は現金約1万3千円ほどを奪った強盗殺人事件として、国家警察香川県警察隊の直接指揮事件として捜査本部が設置され、闇米関係者、素行不良者、怨恨、痴情関係なども対象として捜査が進められましたが、なかなか進展しませんでした。

 財田川事件発生後の4月1日、隣村の村で農協強盗傷人事件が発生しました。谷口繁義さんは、地元素行不良者の一人として、4月3日夕方、自宅で農協事件の容疑者として緊急逮捕され、この事件について、間もなく全面的に自白し、高松地裁丸亀支部は同年6月15日懲役3年6月の実刑判決を言い渡しています。

 警察はこの間にも、本件の強盗殺人事件について追及を続けました。しか谷口さんから自白を得ることはできず、他に証拠もつかめませんでした。

 そこで警察は、農協事件の起訴後の勾留で6月29日まで、別件の窃盗事件で7月11日まで、さらに別件の暴行恐喝罪で8月1日まで、同日以降は本件の強盗殺人事件で逮捕・勾留し、8月23日についに本件で起訴して拘束を続けました。

 

 強要され続けた拘束後115日目の自白

 警察は、この間、看守に谷口さんの言動を細かく監視させ、心理状況を把握しつつ、取調室では厳しく追及しました。時には捜査官の官舎に呼び、お菓子などを与えたり、食事量を増量して喜ばせた後、急に食事量を減らして、食べ盛りの谷口さんを肉体的・生理的にも追い込みました。

 さらに、7月22日以降は、両手錠をかけ、足にロープを巻いて正座させ、連日にわたり長時間の取り調べを強行し、犯行を認めるよう強要しました。

 このように責められ続けた谷口さんは、身柄拘束115日目の7月26日、ついに“自白“をするに至りました。

 別件逮捕の繰り返し、長期にわたり精神的・肉体的な苦痛を浴びせて、虚偽の自白を強要した、典型的な事件です。

 

2 不自然・不合理な“自白”  

(1) 起訴当時には、谷口さんと事件を結びつける証拠は、この“自白”と血痕鑑定書(国防色ズボンに微量のシミがあり、人血反応はあるが血液型は判定不能。谷口さんはこのズボンを履いていなかったと主張)だけでした。凶器、被害の現金、指紋は発見されず、現場遺留の血痕足跡痕は谷口さんの黒革短靴とは合致しませんでした。胸、腹、腰など30数カ所の刺切傷があるにもかかわらず、被害者が身に付けていた胴巻きには血液が付着しておらず、谷口さんの“自白”との矛盾は明らかだったのです。

(2)これらの矛盾点は、後に、第2次再審請求特別抗告審で最高裁第1小法廷が、「確定判決には3疑点5留意点がある」と整理して指摘し、高松地裁に差戻し、再審の審理が進みました。

 3疑点とは、①被害者の胴巻きに血痕が付着していないのは不自然。②自白に附合する血痕足跡がない。③請求人が護送車の中から警備員の目を盗んで8千円を捨てたという自白は疑わしい。

 5留意点とは、①請求人が犯行時に履いていたという黒革短靴が警察に領置されたが、行方不明になり、裁判に提出されなかった。②被害者宅軒下に氏名を書いたリュックサックが遺留されていた。警察はこの者を調べたが調書も存在せず、調べた内容も不明である。③検証調書には、被害者宅母屋西側にズック靴の足跡が残っていたと記載されているが、これを解明していない。④国防色ズボンは、犯行と被告人を結びつける唯一重要な証拠であるが、その押収手続が杜撰である。⑤真犯人でなければ知り得ないという「二度突きの自白」は、遺体解剖後間もなく警察は知っており、捜査官が知らなかったというのははなはだ訝しい。

 

3  古畑鑑定書の登場による死刑判決

  第1審で検察官は、第5回公判(1951.7.13.)に「古畑種基教授第1鑑定書」及び「古畑種基教授第2鑑定書」の2通を提出しました。これらの鑑定書では、国防色ズボンの微量血痕の血液型は「O型反応」が認められるとしています。

 自白には、前記のように重大な矛盾があり、虚偽自白の疑いを持たざるを得ないものでしたが、確定判決は、これら2通の古畑種基教授の鑑定書により「国防色ズボンに被害者の血液が付着した」と認定し、「自白は同鑑定書により裏付けられた」として死刑判決を宣告したのです。

 

4 再審で明らかにされた古畑鑑定書の疑問点 

  再審請求審では、この古畑鑑定書2通について疑問が提起されました。

 再審開始決定は、第1鑑定書について、血痕らしきシミを寄せ集めるという検査方法に疑問があり、実際の検査は大学院生が行ったことから、この鑑定書の信用性に疑問があるとしました。また第2鑑定書は、「検査対象とされた血痕は、第1鑑定以後に付着した疑いがある」として、信用できないとしました。

 この点について、再審請求抗告審決定も、最後に出された再審無罪判決も、「国防色ズボンの血痕は、本件犯罪時に付着したとは限らない」として、国防色ズボン及び血液型鑑定書自体が本件と被告人を結びつける証拠としての意味を持たないと判断しました。

 谷口さんに対する「死刑判決」をささえた2つの鑑定書の問題点は、こうして再審裁判で明らかにされ、谷口さんは無罪となりました。逮捕以来再審開始決定まで31年、第1審死刑判決以来再審無罪判決まで、死刑と向き合わされた恐怖の時間は、32年に及びました。